
この記事を読んでいるあなたは恐らく、156GTAが何たるかを存じてタイトルを押下したことだろう。
その一方で、156GTAの詳しい記述がインターネット上にあまりにも無いという点に意義を見出し私はこの記事を書くに至っているので、そうした方々にはあまりにも当然の記述を長々と語ることとなる。少なくともこの項は飛ばして読んでいただきたい。
アルファロメオ 156というのはアルファロメオの量産車史上最多となる世界68万台を売り上げた大ヒットセラーたるミドルクラス4ドアセダンであり、その当時をクルマ好きとして生きた人間ならばその多くがその存在を知っている車である。

筆者が156GTAに乗る前の元愛車、98年式の156 2.0ツインスパーク。
他方、新車デビューから30年近くたった2026年現在、クルマ好きを名乗る若手のその多くが詳細を知らないという知名度になっているのが156というクルマのもう一つの側面でもある。日本上陸は1998年、輸出市場の中で最も大きかったのが日本市場であったにもかかわらずこのような状態になっているのは、ひとえにその現存率の少なさがゆえであろう。156が先代の155に比べて大きくその販売台数を伸ばした最大の要因は、AT車の正規輸入である。ATが積極的に好まれる日本市場においてこの影響は極めて大きく、台数が売れたのは当然廉価グレード、2,000ccのATである。
だがしかし、アルファロメオにおいては156から採用されたこのAT、「セレスピード」は同時に現在まで至る「アルファロメオは壊れる」というイメージを構築した悪名高いシステムで、特に初期モデルの品質はとても褒められたものではなかった。スズキが東南アジア市場を視野に入れて販売しているAGSと同様のいわゆるAMT、マニュアルトランスミッションのクラッチ操作を油圧化したこのミッションは肝心のクラッチを動かす油圧系統に異常を生じさせることが多く、またその操作精度、当時の日本にはその長期的な扱いのノウハウを持った一般顧客がいなかったことも相まってクラッチ自体の寿命も短かった。
また、横置きFFにおけるクラッチ交換や油圧系統の交換は自動車本体が現代よりもはるかに安かった当時においては非常に高価で、数万km以内で乗り換えられてしまう割合が高かった。
こうして156はあまりにも故障知らずな日本車と異なり急速にその数を減らし、現代ではほとんど見ない車になってしまった。NBロードスターとデビューが同じ年で、当時NBの2倍以上を世界で売り上げたと話したとして、いったい誰が信じてくれようか?
156のグレード構成などはインターネット上に情報がいくらでもあるので、先に156に搭載されていたエンジンについてざっくりと触れておきたい。
まずは2.0TS、2,000ccのいわゆるツインスパークエンジン。先代の155までは完全内製のツインスパークエンジンが搭載されていたが、156ではフィアット製の鋳鉄ブロックにアルファロメオ内製のアルミヘッドを組み合わせた仕様となっているのが特徴。そのため低く、獰猛で荒々しく乾いた印象の155TSのエキゾーストサウンドとは全く異なり、中音域が良く伸び直4らしからぬ上品で粒ぞろいのいい音がする。エキマニに触媒がなく、かなり形のいい4-2-1集合になっているためのびやかなサウンドが特徴的。
続いて2.0JTS。こちらも2,000ccの直列4気筒だが、現代直噴エンジンの先駆けである三菱GDIの技術を取り入れたことでその味付けはツインスパークとは大きく異なる。直噴エンジンらしい低音が特徴的で、回転もツインスパークと比べるといささかもっさりしているという評価だ。筆者は残念ながら2.2JTSにしか乗ったことがないが、確かにツインスパークと比べるともっさり感は強めだと思った。ただ、低速トルクと電子制御にリソースを割いたエンジンが現行車のほとんどを占める、156の登場から30年近くたった現在の情勢の中では、むしろアルファロメオらしい軽快さにあふれたエンジンであるように思う。
最後に2.5V6。開発者の名前からブッソと呼ばれることの多いV型6気筒エンジンである。初出は1979年だが、オイルショックによる投入までのタイムラグがあったため実際の基礎設計は70年代前半という、156のデビュー当時でも既に型落ちと呼べるエンジンだ。しかしながらアルファロメオ内製のエンジンとしては最も遅くまで生産されていたエンジンでもあり、その伝統は根強いファンを獲得してもいる。2,000ccから3,200cc、シングルカムとツインカム、ターボ仕様もあればキャブ仕様もあるが、156に搭載されるのはシングルカムだった先代155からツインカムへと、順序を踏んで進化した2,500cc仕様である。シングルカムはメカニカルノイズが甲高く響き渡る一方、156のツインカム仕様はエンジン自体のサウンドはマイルドになり、エキゾーストで高音を響かせるのが特徴である。しばしばプアマンズフェラーリと呼ばれるアルファサウンドのイメージは156によって形成されたのだと思うが、いずれにしてもレッドゾーンは6,500~7,000rpmからという凡庸な数値であるにもかかわらず、まるで9,000rpmも回っているかのような高音の響きはまさに陶酔の境地。メカ好きを名乗るなら一度は体感してほしいものである。
メカ的には凡庸だが、その演出によって高い満足感をもたらしてくれるのが90年代以降のアルファロメオというメーカーの特徴だと私は思っているが、何より156がその代表格である。
ツインスパークは他グレードに比べて鼻先が軽く、ヒラヒラとしたハンドリングが特徴である。挙動自体は凡庸なFFのそれながら、1,300kgという車重を感じさせない軽快さとそのサウンドでまるで自分の運転がうまくなったかのような錯覚に陥れられる。もちろん、EGシビックの方が速い。
V6は鼻先が重いためコーナリングではゆるいシャシーにエンジンが負けている、いわゆる"エンジンだけ車"の様相を呈する。むしろFFの安定感を活かしたGT的側面が強い印象だが、フルサイズセダンにはその方向でも勝てないという絶妙な立ち位置にある。しかしながらレーシーなサウンドはまるで自分が400馬力級のマシンに乗っているかのような世界観を生み出し、やはり自分が速いドライバーになったかのように思わせる。
こうした走りの面での演出、それに非凡な内外装の合わせ技によって156はこれまでとも、その後現在に至るまでとも一線を画すセールスを記録した。その演出の果てにアルファロメオが生み出したスペシャルモデル、それが今回のフォーカス、GTAである。
通常モデルの156はフロントバンパーが丸みを帯びていて柔らかな印象を与える一方、GTAには純正で最小限ながら威力のあるエアロが与えられる。バンパー・フェンダー・サイドスカートなどは専用品。当時は生産ラインを途中で外れて手作業でくみ上げられていたらしい。

現在の筆者の愛車。ツインスパークと比べるとアンダーエアロの威力が高く、ワイド・ロー感が強い。
正直156GTAの魅力の4割はこのイカした外装にある。アンダーエアロが張り出しているおかげで通常グレードと比べるとワイド&ローに見えるほか、安定感も増しているため車に詳しくない人でもかなりウケはいい印象。ヘッドライトも専用品のインナーブラック品が装備されるため、グッと締まった印象になる。
また、光り方の演出も優れているのがアルファロメオというメーカーである。スモールはヘッドライトの内側でも外側でもなく、その間の下側に電球が仕込まれてアンビエントのように発光する。自分の個体はゴンザーガグレーと呼ばれるカラーリングでいわゆるシルバーだが、全く安っぽさがないのも開発陣のセンスが光る。むしろインナーブラックのヘッドライトと併せて、 アルファロメオの鮮やかなロゴを中心にモノトーンの世界が広がる、魔性のカラーである。
ボンネットを開ければ、世界一美しいと評されることもあるブッソのインマニが顔を見せる。この構造のために、奥バンクの点火系にアクセスするためには巨大なサージタンクを外さなくてはいけないという驚異的な整備性を獲得してもいるが、そんなものは数ある些細な問題点の一つに過ぎない。

世界で最も美しいエンジンヘッド。ここにもGTAの3文字が刻まれる。
Gran Turismo AlleggeritaのイニシャルからGTAを名乗るこのグレードに搭載されるのは、ブッソの集大成と呼べる3,200ccのNAエンジンである。スロットルバルブも当然巨大化され、その結果エアクリーナーボックスから伸びるインテークホースはバッテリーにかぶさるレイアウトとなっている。それはつまりバッテリーを外すのに先に吸気系をバラさなくてはならないということを意味してもいるが、この素晴らしいルックスを前にしてそんな些事に苦言を呈する人間がどこにいようか。
これはすべての156に共通することだが、この車のサイドに引っ張られたキャラクターラインと面構成がこの車特有の世界観を最大限に引き出している。ヘッドライトから引っ張られるプレスラインはフェンダーを強調し、そしてドアの中途でスッとその姿を消す。
その先に用意されるのがクラシックなアルミ製のドアハンドルである。その手の車に乗ったことがある人ならば自然と扱うことができるそれは、初めての方にはしばしばその開け方を問われる。このハンドルは見た目の上では前後フェンダーのちょうど中間に位置し、リアドアの造形とともにこの車をまるで2ドアであるかのようにみせる。

TC1000を走行中の愛車。キャラクターラインに濃淡が出ているのがわかる。
リアドアはウィンドウの後端にそのドアハンドルを埋め込まれており、今でこそ珍しくもない造形だが当時はさぞかし斬新だったことだろう。しばしばこの車と引き合いに出される3シリーズをはじめ、156がデビューした98年当時、ミドルクラスのセダンにこの造形を採用した車種があったであろうか?フロントのクラシックなハンドルとリアドアのこの造形の対比こそ、156という車の世界観を象徴する事象の一つであるように思う。
そうしてリアドア後半からは再度キャラクターラインが復活し、リアフェンダーを強調してテールランプへと回り込む。この一本のプレスラインによって、156の伸びやかな印象はその輪郭を描いているのだ。
プレスラインが中途で消失するというのは、ボディがくびれていることを意味する。これは4ドアセダンの造形としては非常に珍しく、ほとんどの車種では一直線に後ろへと伸びる形状が採用される。このボディラインが156を如何にも女性的なシルエットとして浮かび上がらせており、妙な色気を感じずにはいられない。

この角度からだと、特徴的なボディラインがよくわかる。
スペック上は1,420kgと決して軽量とは言えない156GTAだが、このような線で描かれたボディにはどっしりと構えるというより、むしろどこか軽快そうな印象を覚えさせられる。横に同世代のE46M3を並べれば非常にわかりやすい。
何よりもフロントのセンターに誂えられた逆三角形のグリルが、安定よりも軽快な演出を是とする、アルファロメオの精神を象徴しているではないか。
156GTAにはモンテカルロブラック・イモラナチュラルと呼ばれる二種類のトリムが存在する。そのいずれも、シート中央やドアトリムにあしらわれる蛇腹のレザーの立体感がこの車の世界観を形作っている。だが、156は決して高級な素材によってつくられた車ではない、というのが大きなポイントである。アルファロメオというのは大衆車メーカーであって、同じイタリアで考えるならば、嗜好の極致に至るマセラッティや大統領車を作ってきたランチアとはそもそもの位置づけが異なる。だから素材ではなく、あくまでもデザイン、意匠によって特別な世界観、陳腐な言葉で代えるのならば高級感を押し出す。
残念ながら内装や純正シートはいい写真が手元になかった。後日追記しようと思う。
ダッシュボードの素材は今となっては古臭く、硬いプラスチックに過ぎない。ドアトリムも先述のボリューム感あるレザーこそあれど、基本的にはプラスチックだ。だが、そんなことはコックピットに腰を下ろせば彼方へと追いやられてしまう。
純正シートはサイドサポートが如何にもな主張を振りかざすフルレザーのセミバケット形状が採用されている。ドアトリムと併せてどこかクラシックな印象を感じさせるこのシートは見た目こそやる気に溢れているが、座ってみるとよく滑り、残念ながらホールド性はそれほどでもない。また蛇腹のレザーが大きく張り出しているために、座ってみると肩甲骨から頭にかけてが浮く姿勢になってしまう。背もたれに寄りかかろうとすると腰が痛くなってしまうので、仮眠を取ることも難しい。
何故こんなシートが採用されているのか。あくまでも私個人の解釈に過ぎないが、要するにこの車はガチガチで走る車ではない、ということだ。目くじらを立て、グローブをしてメットを被り、1分1秒を争ってアクセルを踏むような車ではない。GTA、というネームのソースたる初代ジュリアGTAは確かに競技世界にその出自を持つが、156GTAではむしろグランツーリズモとしての側面が強調されている。でなければ、どうしてフロント車軸よりも前方に3,200ccのエンジンを搭載したFFとしてこの車をパッケージングしたのであろうか。
上述の補完として、この車は当時としては十分な豪華装備を搭載している。
センターコンソールにはアルミパネルが採用され、デュアルゾーンのフルオートエアコンの操作系が3連の円形ダイヤルとして設置される。同様にパネル上方には燃料計、時計、水温計の3連メーターが埋め込まれる。メーターパネルに埋め込む車種がほとんどの内容だが、あくまでも意匠が優先される設計である。

エンジンオフ時のセンターコンソール。2眼 + 3連メーターに、その下方にはエアコンダイヤルがこちらも3連で配置される。
メインのメーターは二眼式が採用され、フード自体が独立した円形となるデザインが特徴的である。
各計器類は彫が深く、パッセンジャーシートからでは現在の速度を知ることも難しい。

助手席側ウィンドウの外から撮影された1枚。奥側のダッシュボードからドアトリムへの繋がりも美しい。
だが内装で個人的に最も評価しているのは、照明の統一感である。
メーターパネル、センターコンソール、パワーウィンドウの操作スイッチそのすべてに至るまでが赤色の照明で統一されている。確かにデフロスターのボタンは黄色だが、世界観を邪魔してはいないし、工業製品としての品位も確かに守られている。純正オーディオはBlueTooth機能がないため現代基準だとやや不便だが、私がデッキを社外品に交換しないのはこの完成された世界に手を加える気にはなれないからだ。

照明をつければこのカラーリングである。灰皿脇にあるシガーソケットの差込口さえも赤色で統一されている。
ペダルやフットレストには滑り止めを伴うアルミ削り出しのプレートが使用されるが、同様の意匠をシフトノブ前方の小物入れにも施すなど、統一感への配慮は隅々にまでわたっている。

エアコンのダイヤルを下方から。ハザードスイッチも非常に押しやすい場所にあり、ユーザビリティも悪くない。
この独立した世界の中でスピード・タコメーター双方の中央で輝く蛇と盾の文様を見ていれば、メーカーチューンの施されたブッソV6の鼓動が乗る者に走れと、この世界の先にある官能を味わえと語りかけてくるのだ。
再三の説明となるが、156GTAには専用チューンが施されたブッソV6エンジンが搭載される。3,179ccのエンジンは大衆車メインのアルファロメオとしてはかなり大きく、量産車の中では8Cを除くと最大の排気量である。このエンジンが発する最大出力はわずか250馬力であり、トルクも300Nmに過ぎない。

エンジンは低く美しいボンネットラインを維持するため、かなり前方へ傾けた状態で配置されている。当然、前側のバンクのヘッドからはオイルが漏れる。
こうしたカタログスペック上の動力性能に対し、アルファロメオは演出と官能のメーカーであって数字で語るのはナンセンス、というのはしばしば一般的に見られる反論である。
だが、あえて私はこのエンジンがいかに高度にチューンドされたものであるかを語りたく思う。
まず、このエンジンの基礎設計はきわめて古く、また現代では当たり前に搭載される高出力化には必須の技術、直噴や可変バルブタイミングといった技術が一切搭載されていない。同世代のE46M3は確かに同じ3.2Lの6シリンダーで343馬力を発揮するが、6連スロットルにオールステンレスのエキゾースト、吸排気双方の可変バルブタイミング機構、さらに可変吸気機構が搭載されている。ブッソにはそのいずれも搭載されておらず、むしろ古い基礎設計の鋳鉄ブロックに対し、限界までボアストロークともに引き上げたものをGTAの心臓としているのだ。
至極当たり前の話だが、バルブタイミングの調整機構がなければ実用的なトルクを生み出せる範囲は現代基準で考えると非常に狭くなる。特に、1シリンダーが500ccを超える3,200ccの6気筒エンジンのピストンの慣性質量を無視することはできない。実際、156GTAが250馬力を発揮するのは6,200rpmに過ぎない。アイドリングのまま雑にクラッチをつないでも優に発進できる低速トルクを確保した時点で、これ以上の高回転化は無理だったのだろう。
私はエンジニアリングに詳しいわけではないが、いつもGTAを診てくれている方によれば、実際寿命を犠牲にチューニングを施しても、このエンジンは280馬力前後が限界らしい。
さらに純正指定のオイルは10W-60と、既にこれ以上上げられないレベルで硬い。
確かに現代基準で見ればハイパワーなエンジンとは呼べないが、しっかりとメーカーチューンが施されたスペシャルなエンジンであることは疑いようがない。
それに、FFとして扱うパワーの限界もあったのだと思う。
156GTAのデビューは02年だが、当時250馬力を超える市販のFF車は存在しなかった。
日本のメーカーに限って話すなら、ハイパワーなFFというのはDC2の220馬力がカタログ値でトップ、ついでFTOのMIVEC搭載グレードが200馬力、こちらも可変バルブを採用したSR20VE搭載のプリメーラの190馬力、と続いていた。ゴルフGTIも180馬力程度で、当時3.2LのV6でフロントタイヤのみを駆動するパッケージングが如何に異常だったかがわかる。
市販車というのはどんなドライバーでも安全に扱うことができなくてはならない。既に装着が義務付けられて等しい横滑り防止装置は156GTAには搭載されず、介入の弱いTCSが存在しているのみである。
貧弱な電子制御のみでは、FFの市販車で300馬力を扱うことはできない、というのはこれまでの歴史が証明している。
電子制御が豊富になった現在では、FFでもスポーツモデルならば300馬力越えも珍しくない。だがしかし、ここまでの背景を抜きにして、3.2Lで250馬力しか出せない貧弱な車、という評価を156GTAに下すのはあまりにも当時のエンジニアリングに対して無礼ではあるまいか。
1シリンダーあたりの排気量が大きいGTAのエンジンサウンドは、しばしば評される管楽器のイメージよりも、むしろ獰猛な獣の咆哮に近い。だがその存在感の割にはやはり整った音であることも間違いなく、高回転域に突入すればレーシングカーであるかのような叫びへと変わっていく。
しかし、躊躇のない言い方をすれば2.5Lモデルよりも良い音ではない。管楽器のようなソプラノというものは触媒を廃し、排気系をフルチタンにでもしない限りは出てこないのがGTAという車である。だがむしろそのやる気に満ち溢れたサウンドは、お高く止まらずこちらを挑発してくるように思えて私は好きだ。フラッグシップのグレードに相応しいサウンドメイクだと思う。

筆者の個体にはMEXC-S製等長フロントパイプとリアピースが備わる。中間の純正サイレンサーを残しているため、音量控えめ、音質を楽しむセッティングだ。
無論、ベースが鳴りのいいエンジンであるために下品な音にはならない。ユーロ3のために触媒が片バンク2ずつできてしまいデビュー当時は音が悪くなったと言われたそうだが、現代の過剰な排ガス規制のためにどうやっても中音域が伸びず、低音のゲロゲロとした音とアフターファイアでしか魅せることのできないエンジンよりははるかに耳なじみの良い音がする。
そうは言っても、サウンドの好みはあまりにも個人差が大きい部分であるから、ここで詳細に記述することは避けようと思う。サウンドはアルファロメオの中でも有名な点であるが故、インターネット上にも大量の資料がある。是非様々な動画をご覧になってほしい。
トルクは、アイドリングのままクラッチをつないでもスムーズに発進できるほどに全域で太い。低速トルクは現代エンジンの得意とするところであるから、それに慣れた方が乗ってもそれほどの感動はないかもしれないが、同年代のロードスターにも乗っている私からすると、1,500rpmでシフトアップしていっても楽に走られるというのはとてもすごいことであるように思う。大排気量NAの醍醐味のひとつであろう。
勿論、何もしかけのないシンプルなNAであるから、踏み込めばそのトルクはさらに増大していく。ピークトルクの発生回転数は4,800rpm、サウンドとともに素直に盛り上がっていくトルク感は思わず口元が緩んでしまう。サウンドは既にレーシーなものになっているが、6,500rpmも回してしまえばシフトノブに手が動く。トラクションコントロールが緩いため、路面が冷えていればベタ踏みを躊躇するくらいのパワーはある。
シフトフィールに関しては残念ながら褒められたものではない。微妙な緩さとロングストロークは同系列のフィアット系トランスミッション全般に言えることであり、スペシャルモデルといえどこの点は例外ではない。とはいえ、「ガチガチに走る車ではない」と記載した通り、こちらが余裕を持って操作すればそれほど致命的な弱点にはならない。ロングストロークはゆったりした操作と相性が良いから、心地よいサウンドに耳を預けながらクルージングの中でシフトチェンジを行うことを想定しているのだろう。
もう少し元気に走り回りたい年頃の私は、縦方向のストロークを40%低減するクイックシフトを導入しているが、私にとってはこの仕様がちょうどいい。
ギア比は6速2,000rpmでメーター読み85km程度。ファイナルがノーマルグレードと比べるとかなりロングになっており、太いトルクを活かして楽に巡航することを想定したセッティングだ。
各ギアのステップ比はノーマルグレードと同様だが、どのギアも繋がりに不満が出ないくらいに設定されており、エンジンサウンドを楽しむにも、実用車として使うにも申し分ない設定だと思う。
ミッション周辺は良くも悪くも凡庸で、アルファロメオとしての真骨頂たるエンジンを邪魔せずに楽しめる設定が施されているように思う。セレスピードの場合は専用のコンピュータセッティングにより、DCTほどの変速速度は出ないものの3ペダルよりははるかに鋭い変速が楽しめる。ミッションに関しては2ペダルの方が制作陣の気合を感じられる。
どうしても特徴的なデザインや伝統あるエンジンに話題を取られてしまうGTAだが、恐らく開発陣が最も力を入れたセッティングを行ったのは足回りではないだろうか。私が全く奇をてらうでもなく、素直にそう思えるほどには工夫されたセッティングが156GTAのアシには施されている。
※私の156GTAにはアラゴスタ製車高調を入れているため、純正サスペンションの評価はできません。
上の記述を見て、何故メーカーセッティングが優れていると言えるのか、車高調に対する評価ではないのか、と思われる方がいるかもしれない。だが、車高調が優れているだけでは到達しえないバランスの良さをサスペンションジオメトリーそのものが発揮していると私は考えている。

私は速いドライバーではないが、GTAはフロントヘビーを全く感じさせずサーキット走行も楽しませてくれる。
私は156GTAに乗って日常を共にし、サーキットへもわずかな回数ではあるが行っている。しかし、一度たりともコーナーの入口でアンダーステアに陥ったことがない。私は経験豊富で上手なドライバーではない。であるならば、当然に進入速度を誤ってアンダーステアに陥ることはあるはずである。156GTAは1,420kgの車重のうち930kgがフロントに集まる、極端なフロントヘビー車である。さらに電子制御もコーナー出口での空転時に出力を抑えるTCSしかついていないし、勿論サーキットではオフにして走っている。にもかかわらず、コーナー入口でアンダーにならないというのはとんでもないことではあるまいか。
勿論物理法則をゆがめられるわけではないので、フロントタイヤの仕事量は多く、タイヤが垂れてくるのを実感することも多い。そうなればクリップから徐々に外側へラインが膨らんでいくことはあるが、クリップへ向かうところでフロントが入っていかないと思ったことはない。
これはフロントサスペンション...よりもむしろリアサスペンションが大きな仕事をしているように思う。リアサスペンションの絶妙な粘り加減がフロントの入りと、危なっかしくないコーナリングを両立させているのではないだろうか。
GTAには専用のショックアブソーバーがおごられただけではなく、リアサスペンションのジオメトリーにも手が加えられている。フロントメンバーとフロアパンをつなぐ強化ブレースと専用のスタビライザーといったチューニングにより、GTAは確実に「250馬力を安心して楽しめる車」に仕上がっているのだ。だから、156GTAは純粋に運転自体が楽しい車なのである。
これを「じゃじゃ馬」と評するのは浅い、というのが私個人の考えだ。
156GTAの動力性能における弱点の一つがブレーキである。フロントにはブレンボ製の対向4ポッドキャリパーを装備すると書けば聞こえはいいが、私が乗る前期型のブレーキは熱容量に不安が残る。マイナーチェンジ後の後期型はローター径330mm、キャリパーの型番も変わり、私の乗る個体も納車後に後期型のブレーキに交換している。1,420kg、さらにフロントヘビーのボディを止めるには最低限この容量は欲しいかという印象だ。
また、フィーリングにも若干癖がある。同世代の日本車と比べると制動力の立ち上がりが早く、カックン気味のブレーキタッチになる。踏み込めばしっかりコントロールできる余地はあるのだが、リニアかと聞かれればちょっと微妙なところがある。

17インチホイールにはかなりパツパツな後期型ブレンボ、いわゆるF50キャリパー
さらに、ノーマルグレードの正規輸入車は左ハンドルを前提として左側にマスターバッグがあるのをそのままにして全車右ハンドルとなっているため、私のGTAとは比較もできないほどひどいブレーキ体験を味わうことができる。ちなみにそれが原因かと思えば左ハンドルの並行輸入車もブレーキが全然効かなかったりするので、それと比べるとGTAのブレーキは断然ハイスタンダードな領域にある。
親会社のフィアットも、同世代の車種についてはブレーキのフィーリングが微妙な例を数多耳にするため、イタリア人にとって止まることは不要な機能なのかもしれない。
156GTAでもう一つ、しばしば話題に上がるのが極端なステアリングのセッティングである。
片側僅か0.8回転程度、ロックトゥロック1.75回転という驚異的な設定のステアリングは、峠道を走るにも90度以上切る場面がほとんど存在しない。右折においては舵角が少なすぎるあまり、点灯させたウインカーが戻らないこともままある。
ギア比が極端だけでなく、小回りも全くきかない。最小回転半径5.9mは片側二車線の交差点でも左に膨らまないと転回できないレベルで、もう少し取り回しやすければいいのに、と思うことも定期的にある。しかしながらこの数値はランエボと同程度に過ぎないし、車体そのものは昨今の車よりもコンパクトであるため、アルファードより取り回しはいいはずだ。

私の個体は32パイのステアリングに変更しているが、こうなると逆にクイックなギアレシオが自然に思えるのが面白い。
ステアリングがここまで極端にクイックにされているのは、演出としての側面が強いのではないかと私は考えている。フロントヘビーが過ぎるこの車において、通常のステアリングギア比ではレスポンスが緩慢な印象になる可能性が高い。挙動そのものはサスペンションセッティングによってコントロールされているのだろうと思うが、初期応答に関してはステアリングをクイックにすることで誤魔化しているのではないだろうか。
ブレーキと並んで156GTAの弱い点がボディ剛性である。
どのくらい弱いかといえば、立駐の駐車場の急な坂に対して斜めにアプローチすると、ボディが軋む音が聞こえる。絶対的な剛性自体は同年代の他車種と比べて劣っているわけではないし、実際高速道路をクルージングしていればその素性の良さ故の体感速度の遅さを感じることができる。
ただ、峠道でちょっと元気よく走ってみたり、サーキットをきちんと走ると途端にボディの弱さがにじみ出てくる。サスペンションは仕事をしようとしているのに、ボディが緩いせいでトラクションが逃げてしまうのだ。これはシンプルに、シャシー性能をエンジン性能が上回りすぎているためである。
実際私は156のツインスパークからGTAに乗り換えたクチなのだが、ツインスパーク時代に感じていた不満はパワーの無さとブレーキの貧弱さばかりで、一度としてボディ剛性が不足していると思ったことはなかった。

赤丸で指し示した部品が専用の強化ブレース。156はタワーバーなどの上側の剛性強化よりも、こうしたフロア側の強化が効くことが知られている。
一応、GTAには専用の強化フロアブレースが設置されるのだが、それだけでは増大したパワーを御しきれないようである。そもそも156のシャシーは155から引き継がれたものを改良しており、155のシャシーは小型大衆車をメインに開発してきたフィアットの開発したものである。その時点で、250馬力という当時のFFとしてはトップクラスのパワーを発揮するエンジンを受け止めるというのは無理があるのかもしれない。
スペックは凡庸だが、唯一無二の統一された世界観の演出で所有欲を満たしてくれる車、というのが私が思う限りのこの車の総評である。正直カタログ上で突出しているものはないし、取り立ててこの車を選ぶ、というわかりやすいポイントもない。
だが、演出を加味すればイタリア人のセンスが光る驚異的な完成度の高さを誇る。
美しいボディライン、飽きない内装に素晴らしいエンジンサウンド。
速いかどうかなんてどうだっていい。
この車があればそれでいい。
そう思える全知全能の自動車こそ、156GTAである。

どの角度から見てもカッコイイ、これに尽きる。
156GTAに関してネット上で調べてみると、ジャーナリストによる当時の記事が数本出てくる程度で、2020年代の車を知ったうえでオーナーになった人間の視点で書かれた文章というものは全くと言っていいほど出てこない。
それに、自分の周囲でGTAに乗っているのは二回り以上年上の方がほとんどで、若手の乗り手というのは少数派である。
そうした状況であるならば、備忘録も兼ねて現時点での言語化を残しておくことには相応の独自性があるのではないかと思い、少しばかり真面目に一通りの項目についてレビューしてみた。
今ではなかなか見る機会もなく、既に走る個人情報レベルの希少性になってしまっているが、自動車が好きなら一度は味わっておくべき世界観を持った車種だと思う。
定期的にGTAについてのアレコレも記事にしていくつもりなので、その時にまたお目にかかれたら嬉しい。
ちなみに現在とは若干仕様が異なるものの、私の個体をレビューしていただいた動画もある。必見。
アルファロメオ156GTA試乗インプレ by Yamate Studio
あくまで新車販売から20年以上経った後でオーナーになった個人が知っていること、感じたことを記載しております。特に知識面に関してはソースも少なく、意図しない誤りを含む場合がございます。ご了承ください。